そのとき そしてこれから

怖さや悲しみは一日明けて、
実感となってやってくる。
感情的な部分もありますが、
そのまま残しておきます。

これは自分のための覚え書きでもあるから。


地震が発生したとき、
ある出版社の三階の編集部で仕事をしていた。
入稿と校了とレイアウトのチェックが
いっぺんにあって、どれを最初にすべき? と、
ちょっとあせっていた。


2,3日前から頻繁に地震が起こっていて、
最初にぐらりと揺れたときも「あ、地震」と思ったくらいだった。

でも、揺れは収まらず、横に大きく揺れて壁やロッカーなどが、
ぎしぎしと音を立ててた。
みんなで机のところに数人集まって固まった。
バイトの女の子が怖そうに手を握ってきたので、
握り返した。


地震がなかなかおさまらず、
フロアにいたHさんが「とりあえず廊下に出て!」と言って、
みんなで声をかけ合い、
そのときフロアにいた20人くらいが廊下に出た。
館内放送で「この建物は震度6でも安全です。外に出ないでください」と
流れる。いつもはカードで出入りするドアが、
大きくオープンになっていた。

揺れが収まって「長かったね」「怖かったね」「船酔いしているみたい」と
口々に言いながら、部屋に戻る。
ところどころデスクの書類ファイルや雑誌が雪崩のようにくずれていた。

テレビをつけてみんなで見ているうちに、
また大きな余震がきて、
廊下に出た。

本当に船酔いみたいに揺れて、
ちょっと気持ち悪くなった。

みんなで固まりながら、
「ひとりじゃくてよかった」
「みんながいっしょでよかった」と言い合う。
本当にもし家にひとりだったら…と思うとすごく怖い。


テレビでは津波への警戒を呼びかけていたけれど、
こんなひどいことになるとは、
そのときは思わなかった。


そんなに離れていない九段会館で、
けが人が多く出たことを知る。


外にいたひとも戻ってきて、
それぞれの地震発生時の状況を語る。
ビル内でも、塗装がはがれ落ちたりしていたらしい。

12階で会議をしていた人たちは、
「立っていられなかった」と言っていた。


余震はその間も何度もあって、
みんなちょっと落ち着かず、
テレビを見ながら、
いない人の安否の確認の電話をかけたり、
メールを送ったり。


このとき、やっぱり携帯電話はdocomoでも通じにくくて、
いちばん安否確認に役立っていたのが、
Twitterだった。


地震発生後直後だったからか、
自宅にはすぐに通じて無事を確認。

自宅仕事をしているイラストレーターや
デザイナーなどの友人にも電話やメールをして無事を確認した。


友人のイラストレーターの家では、
デスクトップのmacとプリンターが吹っ飛んだらしい。


夕方になって、上の人から「用事がないひとは帰宅してください」と言われる。
電車は止まっているので、歩いて帰るしかない。

もちろんわたしは地下鉄で2駅なので、
歩いて帰るのは全然平気なのだが、
余震が続いて、ひとりになるのも怖くて、
周囲のひとたちと「どうする?」とちょっと迷う。

そのうち「道も混雑しているし、暗くなっているので、
無理に帰宅しないで会社にいたほうがいい」と言われる。


下のフロアの子がきて、
「もうコンビニとか食べ物ないですよ」と言う。

残るにしても、何か食べるものは必要ということになり、
近所のスーパーに行く。

おにぎりとかパンとかはすでになくて、
おせんべいやチョコレート、あんこ巻きなど
お菓子を買って戻る。


帰り道、手前のビルのお蕎麦屋さんが、
出前に行くのが見えた。
「え、出前やってるの???」と思う。

編集部に戻ってその話をして、
出前をやっているということは、
店もやっているってことだよねと、
みんなでごはんを食べにいく。

家に帰るひとにはお菓子を渡す。

すでにビルの前の道路は渋滞で、
歩いて帰宅する長い列ができていた。


蕎麦屋さんのおばさんもちょっといっぱいいっぱいな
感じだったけれど、とりあえず温かいものが食べられるのは、
本当にありがたいと思う。


編集部に戻る。
だんだん被害の状況もわかってきて、
みんな仕事をする感じではなくなる。


テレビに映る道路の混雑、バスを待つひと、
駅に座りこむひと…。

テレビのほかネットでBBCやCNNの報道なども見る。
被害の大きさに祈るような気持ちになる。

深夜を過ぎると地下鉄が動き出したことを知る。

数人で帰宅することにする。

地下鉄の入り口の電気がなぜか消えていて、
階段を下りるのがちょっと怖かった。

電車は数分待っているときて、
余裕で座れるくらい空いていた。

東京のインフラの強さ。
でも、それは誰かが復旧のためにがんばっているから。
それを忘れてはいけないよね。

駅のエスカレーターは止まっていて、
階段を上がる。

道路はクルマで渋滞していた。
このひとたちが家に帰るのは何時になるのだろうか?
大変だと思いつつも、
やはりこういうときはクルマを使うべきではないのでは? と思う。
何よりもこんなに渋滞していたら、
緊急車両、救急車や消防車が通れない。

とくに金曜日の夜で、明日は土曜日。

どうしてもその日に帰らなきゃいけないのでなければ、
自宅が遠いひとは、会社など連絡がとれる、暖がとれる、
なにか飲み物などが飲める、情報がとれる場所にいるほうが、
絶対に安全だと思う。

もちろんいち早く家族のもとへ帰りたいという気持ちはわかる。
でも…と思ってしまう。

マンションの入り口に、なぜか男女ふたり組がいる。
? と思ったら、エレベーターが使えないとのこと。
「階段はどこですか?」と聞かれる。

わたしは二階だから、階段の場所を知っていたけれど、
上の階のひとは普段利用することもないから、
外からの階段の場所を知らないのもしょうがないのかと思った。

階段の鍵を空け、ふたりを通してのぼり、
そして部屋の鍵を開ける。

思ったよりもひどいことはなくて、
洗面台横の棚の中に入れていた香水が、
扉がついていたにもかかわらず、
全部洗面台の中に落ちていた。
歯磨き用にしていたガラスのコップもいっしょに落ちたらしく割れていたけれど、
今朝、よく見たら香水瓶は全部割れてなかった。
すごい頑丈。えらい。

部屋の中は本棚の小さな棚のものと、平積みしていた本が、
全部落ちていた。
だけど、窓際のCDのタワーは無事だった。

頑丈な部屋でよかった。

そういえば入居するときに、
オーナーのひとが阪神淡路大震災経験者で、
ドアがつぶれて開かないということがないように
造ってあると言っていたっけ。

感謝。

とりあえず片付ける気にもならず、
ベッドに入る。

でも、そのあとも何回か余震があって不安になる。

テレビがないのだけれど、
NHKのユーストをパソコンで見て、
ラジオを聴く。

その間、何人かにメールをしたり。

結局、しっかり熟睡はできなかった。

朝になる。快晴。

本来ならピラティスだけれどお休み。

行くはずだった落語会も中止が告知されてた。


画面からは津波の様子などが繰り返し流れる。
ひとつ気になったのが、ユーストリームの画面横に流れる
ツイートの数々。

不快な気持ちになるものも少なくない。

自分が思ったことをすぐ書き込めばいいというものではないと思う。


お昼過ぎに近所のコンビニに行く。
片付けをするための軍手や、
食料などなど。

棚はガラガラのところも多かったけれど、
ちゃんとお弁当などが並んでいた。

ごはんを食べて、安否確認にメールなどしながら、
ラジオを聴き、NHKの映像を見る。


ごはんを食べておなかいっぱいになったのもあって、
ちょっと昼寝。

節電が訴えられているのもあって、
エアコンは消してふとんにもぐる。
首にはストールぐるぐる。
十分あったかい。

でも、起きたら福島原発のニュースをやっていた。

記者会見はたしかに要領を得ない感じだったけれど、
それに対するツイートが本当に不愉快で、
ツイートが見えないようにする。

Twitterは善意を伝えるいい面もあるけれど、
不特定多数の悪意も混じったツイートを見るのは
精神衛生上本当によくない。

批判とか憶測で語るな。
自分の狭い知識だけで語るな。
怖いのは誰も同じ。
わざわざそれを煽ることを言ってどうするの?

天気予報の花粉情報にまで噛みつくひと。
なんなんだ? 

政府だって電力会社だって初めての体験。
みんな自分の精一杯をしている。
情報だって全部出せばいいとは思わない。

ネットが使えるひとは「情報至上主義」かもしれないけれど、
そうでないひともいる。
冷静に自分で判断できないひとだっている。

確実なことだけを「情報」として出すのが、
そんなに悪いことなの?
慎重を期して何がいけないの?
そんなにみんな、なんでも知らなきゃ気が済まないの?
地震と関係ないニュースを流すことがそんなにいけないの?
言葉尻をつかまえて、あげ足とってなんになるの?

たとえば本当に避難するかしないかの地域に
住んでいるひとたちにとって、
もし自治体からの連絡が遅れていたとするときに、
いろいろな情報が流れてきても、
混乱しパニックになるだけだと思う。

慎重を期して、自治体など
指令系統をひとつにし、
不安を取り除いて、お互いが信頼できるようにすることこそが、
彼らを救うことになるのじゃないのか?


安全なところのいるのなら、
その無事を素直に喜び、
いちばんつらいひとや、
現場でがんばっているひとのことを考え、
応援するだけでいいじゃないか。

政府を。自治体を。自衛隊を。警察を。消防を。海上保安官を。
研究者や技術員を。

もっと信じて応援しようよ。
できないことも、足りないこともあるかもしれないけれど、
批判をする前に応援しようよ。


冷静に行動し、ひとがひとを思いやるエピソードもたくさんある。
だから、その「愛」の部分だけを語ればいいのだと思う。

今、日本は変わるときなんだと思う。
それは自分が変わることでもあると思う。

最後に。
ずっとJ-WAVEを聴いているのだけど、
緊迫していたときは音楽も歌のないインストばっかりだったのだけど、
「歌」が流れるようになったとき涙が出た。

ああ、歌ってすごいなと思った。
声の温かさが、心に染みていく。

緊迫感がないとかいうひともいるかもしれないけれど、
「歌」の力って絶対にあると思った。

マイケルやビートルズ
カーペンターズの声に救われた。

もっと歌を流して欲しい。

そして歌うひとは、その思いを声にのせて伝えて欲しいと思う。


不安の中にいる多くのひとたちに希望を。
そして笑顔を取り戻せるように。
心から祈る。